気分変調性障害1「神経症」?「新型うつ病」?

前回の記事では狭い意味でのうつ病、
いわゆる昔ながらの「大うつ病性障害(major depression disorder)」について、その症状と診断基準について書きました。それに対して、ここ数十年で急激に増えてきているのが「気分変調性障害 or 気分変調症(dysthymia)」と呼ばれる抑うつ症状です。今回は、その「気分変調性障害」についての考察です。

前々回の「うつ状態にもいろいろある」の記事でも少しふれましたが、「気分変調性障害」による抑うつ状態を、一部の人たちは「新型うつ病」と呼んだりしていますが、昔は「抑うつ神経症」「慢性症うつ病」、あるいは「神経症性抑うつ状態」にカテゴライズされていた抑うつ状態を指します。

しかし現在の正式な疾患分類の中からは、「抑うつ神経症(neurotic  depression)」「慢性小うつ病(chronic minor  depression)」と言った疾患名は消えています。なぜなら、このように呼ばれていた抑うつ状態が実は「神経症」であり、「神経症」である以上、本人の「性格的な要因が大きい」という前提に立っているからです。

も う少し詳しくいうと、本人の「生き方」や「対人関係の
持ち方」に「独特の葛藤やストレスを生じやすい性格的な要因」がもともとあって、その結果、日常生活 の中で対人関係のうまくいかない状況を持続的に抱えるようになり、不適応感や抑うつ感を慢性的に生じてしまう問題・・・を指して「神経症」と呼んでいたの です。

ところが、米国精神医学会による精神疾患分類DSM-Ⅲの頃から、精神疾患の分類を国際的に共通のものにして、どのような理論的背景の専門家でも理解できるように、患者の背景理論や症状の主観的解釈にたよる部分を極力排除し、表面上に表れる症状や行動だけから記述できるようなものにしていこう、という流れになってきました。

それにともなって「神経症」という概念は、そこに「(性格的な要因に基づく)心の葛藤によって生じている」という理論的背景、原因論、症状の解釈の仕方が入っているため、排除されることになったのです。

以上のようなわけで、現在の正式な疾患分類の中には「神経症」という言葉は出てきません。「抑うつ神経症」「慢性症うつ病」「神経症性抑うつ状態」も「背景に心の葛藤をもっている」という原因論があるために排除されてしまったわけです。

そのかわりに、「神経症的(性格的な問題の表れ)」だという原因論を排し、すべて、持続的に軽度の抑うつ状態が続くとする「気分変調症(dysthymia)」として記述されるようになりました。「神経症」という概念から分離された「気分変調症」は、表面上に表れる症状や行動上の特徴だけを取り上げ、DSM-IVでは以下のように表現されています。

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【気分変調症」の診断基準(DSM-IV-TR)】より抜粋

(1)食欲の不振または過食。

(2)
不眠または過眠。

(3)
気力・意欲に乏しく、疲労感の持続(倦怠感)。

(4)
自分は価値がない、自信が持てない(自尊心の低下)。

(5)
自己嫌悪感や罪悪感を伴う。

(6)
集中力の低下。

(7)
決断を下すのが困難。

(8)
絶望感がある。

これらの症状のうち、少なくとも2つの症状を常に呈し、それがほぼ毎日続き、途中で普通の気分の期間があっても、2年以上症状が続く。
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やる気がしない、いつも疲れた感じ、気分が重い、楽しいことがない、不眠などのほか、無価値な自分、自己嫌悪や罪悪感などを感じている状態。

つまり大うつ病(major depression disorder)ほど重くはない抑うつ気分が、ずっと慢性的に続いている状態を指します。そして慢性に続いてはいますが、それをよく観察すると、対人関係などの葛藤やストレスに連動して、悪くなったり、少しよくなったりと、たいていは波がある状態で経過してゆくことがほとんどです。